理系男子の日常。
昨日のことだが、料理を作ることは嫌いではないのだが、
なぜだか昼飯を作る気分にならなかった。
まぁ、そういう日もあるだろう。
そう言えば、カップヌードルの買い置きがあったな。
ティファールのフタを外し、台座から取り外し、水道のレバーを押し下げ、ティファールに4秒数えながら水を入れ、レバーを押し上げる。
私の感覚では1秒で約100ml計算だから400mlは入ったはずだ。
ティファールを台座に戻し、フタをして、スイッチを入れる。
カップヌードルを手に取り、慣れた手付きで、カップ底のフタ止めシールを剥がそうとするが、いつもならそこにあった筈のシールの感触がない。
工場でのミスか?
などと考えつつ、ラップを剥がし、フタを開けようとすると、
プルタブが2箇所ある。
なるほど、フタ止めシールを廃止した代わりに、プルタブを2箇所に増やして、フタ止めしようということか。
そもそも、フタはシートから円形に切り出すわけだから、ある意味正方形で良いので、プルタブを増やすことに対して、残った穴のあいたシートは廃棄されるのだろうから、シートのコストは変わらない。
などと考えながら、徐ろにゆっくりとフタを開ける。
ぬこがよだれを垂らしてこちらを見ている。
お前はオレを食べようとよだれを垂らしているのか?
それとも、ぬこは鏡に写った自分自身なのだろうか?
ティファールからカチっという音が聞こえる。
お湯を注いでフタをして、3分待つ。
そのあいだ、フタの裏面のぬこは、犬なのか、猫なのか、それ以外の動物なのか、
フタをカットする道具への置き換え、裏面への印刷、こういったコストを考えると、フタ止めシールやそれを貼る工程のコストとを見比べて、コスト削減になっているのだろうか、
などと考えていると、
3分経たないうちに、止めが甘かったのかフタが開いてしまった。
やっぱり、不完全な対策だったなと思いながらも、フタをしなおす。
フタ止めシールが付いたのはいつからだろうか。
フタ止めシールが無かったころは、プラスチックのフォークを刺して、フタを止めていたっけ。
そう言えば、妹の旦那さんがカップ麺を食べるときは、あえてヤカンでお湯を沸かす。
なぜかというと、ヤカンの熱でカップ麺のフタを閉じるからだ。
彼もまぎれもない理系男子だ。
というか、私の弟妹はみんな理系だった。
3分経っただろうか。
フタとカップから完全に外さない程度にフタを開ける。
ギャバンのミル付き粗挽き黒胡椒を手に取り、ガリガリとやる。
やっぱりカップヌードルは美味いな。
オリジナルと、シーフードと、カレーの3種があれば、飽きずに食べられるだろう。
ちょっとした食材と料理する気があれば、サッポロ一番の、塩、みそ、しょうゆの3種がある。
食いながらものを考えるのはやめたほうがいいと思いながらも考えてしまう。
食べているときくらいは味や風味や食感に集中するべきだろう。
なぜか気分が乗らない日の理系男子の昼の風景でした。
ではでは