算額とは、絵馬や額などに数学の問題を記し、神社などに奉納されたもの。
日本が鎖国をしていた時代、日本独自の数学である和算というものが盛んであった。
とくに算額として奉納される問題は、問題、解法、解のいずれかまたは複数に数学的な美が存在することが多いというか、奉納されるくらいなので存在する必要性があったのだろう。
京都府長岡京市天神2丁目長岡天満宮、寛政2年(1790年)、奉納当時12歳の今堀彌吉の作品。
これが物議を醸し出している。
今有如圖大圓径
小圓径間挟三角
面只云大圓径一
尺八寸小圓径八
寸間三角面幾何
今(いま)有(ある)が如(ごと)し圖(図:ず)、
今風にいうと、
図のように、
大円径、小円径の間に挟まれた三角面がある。
大円径の直径は一尺八寸、
小円径の直径は八寸、
間の三角面は幾何(いくばく)か?
つまり、寸をcmに変更して、現代の数学の問題文にするならば、
問題
大円、小円、地面の間に正三角形が挟まっている。
大円、小円の直径はそれぞれ18cm、8cmのとき、
正三角形の辺の長さを求めよ。
といったところだろうか。
この問題を解説しているサイトなどが、ことごとく勘違いしている。
どう勘違いをしているのか。
大円の中心をA、小円の中心をB、
大円と地面の接点をC、小円と地面の接点をD、
大円と正三角形との接点をE、小円と正三角形との接点をF、
正三角形の底辺の左下頂点をG、右下頂点をH、頂点をIとすると、
四角形ACGE、四角形BDHFは、それぞれ直角凧形(両翼が直角の凧形)となり、
正三角形GHIの内角は60˚より、
∠AGC=∠AGE=∠IGH=∠IHG=∠BHF=∠BHD=60˚
大円の半径は9、小円の半径は4、大円と小円は接していることより、
AB=9+4=13
AC-BD=9-4=5
ピタゴラスの定理より、CD=xとして、
x2+52=132
x=CD=12
GH=CD-CG-DH
=12-9/√3-4/√3
=12-13/√3
=12-13√3/3
間に挟まれた正三角形をうまく利用した実にエレガントな解法である。
がしかし、これが間違いなんです。
算額になるくらいですから、こんな感じでエレガントに事が運ぶものだと思われますが、
この問題の大円、小円の大小関係の差が大きすぎ、
小円は正三角形と辺で接しますが、大円は正三角形の辺と接せず、
この答えでは問題にある間に挟まれた状態とはなりません。
それを説明するために、エレガントではない方法で、解法を示していきます。
仮に、点Cを原点(0, 0)とすると、
点Aの座標は(0, 9)
点Bの座標は(12, 4)
点Cの座標は(0, 0)
点Dの座標は(12, 0)
大円の方程式は、
x2+(y-9)2=92
小円の方程式は、
(x-12)2+(y-4)2=42
大円は正三角形の左斜辺と接しているとすると、左斜辺の直線の方程式は、
y切片をaとして、
y=√3x+a
小円は正三角形の右斜辺と接しているとすると、右斜辺の直線の方程式は、
y切片をbとして、
y=-√3x+b
それぞれの接点の座標を求めるため、円の中心から接線への直交線(垂線)を考え、
先の接線と直行するので、直交線の直線の方程式の傾きは逆数となり、
y切片はまだ確定していないので、c、dとすると、
y=-(1/√3)x+c
y=(1/√3)x+d
それぞれの円の中心座標を代入し、y切片を求めると、
y=-(1/√3)x+9
y=(1/√3)x+4-12/√3
円との2交点の内の必要な方の座標を求めると、
大円は、xが大きい方の点なので、
点Eの座標は、(9√3/2, 9/2)
小円は、xが小さい方の点なので、
点Fの座標は、(-2√3+12, 2)
これらを正三角形のそれぞれの斜辺の方程式に代入すると、
y=√3x-9
y=-√3x-4+12√3
y=0を代入し、
点Gの座標は、(9/√3, 0)
点Hの座標は、(12-4/√3, 0)
まだ、分母の有理化はしていないが、
GHの距離は、先のエレガントな解法と同じになっていることが解るかと思う。
さて、正三角形の頂点の座標も求めてみると、
点Iの座標は、(6+5√3/6, 6√3-13/2)
ここで、点Eと点Iのy座標に着目すると、点Eのほうが高い位置にある。
つまり、正三角形と大円は接していないので、
題意にそぐわないことが代数的に示されました。
よって、正三角形はもう少しだけ大きく出来、
小円の接線と大円との2交点のxが大きい方を点Jとすると、
点Jの座標は、((36-13√3+√-277+312√3)/4, (23+12√3-√-831+936√3)/4)
正しい正三角形の辺の長さは、点Jのy座標から
(36+23√3-3√-277+312√3)/6
と求まります。
最初に求めた値と、今回求めた値を比べてみると、
誤:約4.494446501
正:約4.524729085
単位は寸でもcmでも構わないが、0.03程度の差が出来てしまう。
単位がcmだとすると、0.3mmの差、
単位が寸だとすると、1厘の差である、
さて、本題に戻る。
算額として奉納されるということは、問題、解法、解のいずれかまたは複数に数学的な美が存在する必要がある。
さて、私の解法や解に数学美はあったであろうか。
どちらかと言えば、回りくどく、泥臭い解法であり、解も決して美しいものではない。
そこで疑問が起こる。
この算額は、昭和44年3月に復元され奉納されたようです。
その際に、問題文の数値(一尺八寸と八寸)を、改変した可能性はないのだろうか。
数学とは、問題を解く才能だけではなく、問題を作れる才能も評価される。
特に数学美がある問題、数学美がある解法、数学美がある解は、高く評価される。
決して問題を貶めることにならぬよう、気をつけたいところではある。
ではでは