午後のひとときに、対義語について考えてみる。
理系なので、定義からおさらいする。
(1) 同一言語内で、意味が正反対にある語。
一方を否定すれば必ず他方になる関係の「男⇔女」「生⇔死」などの場合、
程度の大きさを表す「大きい⇔小さい」「遠い⇔近い」「良い⇔悪い」などの場合、
一つの事柄の立場をかえて表現する「売る⇔買う」「教える⇔習う」などの場合がある。
アントニム。反位語。反義語。
(2) 広く(1)に加えて対象的な関係にある語、例えば「天⇔地」「北極⇔南極」なども含めていう。
なるほど。
論理学には、逆、裏、対偶とあるが、対義語はこの3つどれに当たるのだろうか。
数学の用語だと、
「偶数⇔奇数」
「有理数⇔無理数」
「実数⇔虚数」
「有限⇔無限」
「全体集合⇔空集合」
これらは納得がいく。
「正数⇔負数」
これは、0はどっち?
「素数⇔合成数」
これは、1はどっち?
「以下⇔以上」
「未満⇔超過」
を対義語や反対語としていることが多いが、本当にそうなのだろうか。
友達以上、恋人未満
という慣用句があるが、以上の反対は未満ではないのだろうか?
白い恋人、赤の他人
これは対義語なのだろうか。
「白⇔黒」が一般的だが、日本だけかもしれないが「白⇔赤」という対義語が存在している。
何も、2つとは限らず、3つのものもある。
陸、海、空
とか、
グー、チョキ、パー
とかもある。
例えば、
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。
という五感のそれぞれの対義語はあるのだろうか。
甘味、塩味、酸味、苦味、旨味、辛味。
といった味覚の5要素や刺激の辛味を加えた6要素などには対義語があるのだろうか。
甘辛い、甘じょっぱい、甘酸っぱい、旨辛い、といった表現がある時点で、これらのベクトルはいずれも相反関係にあるように思えない。
こんなことを考えていると、
非、不、未、無といった接頭文字を付けたものが対義語なのか、それらを付けたものの意味は対義だが対義語としないのか。
という疑問が出てくる。
「日常⇔非日常」
「可能⇔不可能」
「可逆⇔不可逆」
「明瞭⇔不明瞭」
「完成⇔未完成」
「成年⇔未成年」
「責任⇔無責任」
「関係⇔無関係」
「関心⇔無関心」
上げたらきりがない。
「解決⇔未解決」、「解決⇔無解決」
「規則⇔不規則」、「規則⇔無規則」
「到達⇔未到達」、「到達⇔無到達」、「到達⇔不到達」
「接続⇔非接続」、「接続⇔無接続」、「接続⇔未接続」
「定義⇔未定義」、「定義⇔不定義」、「定義⇔無定義」、「定義⇔非定義」
と、多少のニュアンスの違いや、確固たる違いがあったりもする。
「A以上⇔A以下」
「A未満⇔A超過」
どちらも、Aという境界線があり、前者のAはどちらにも含まれているが、後者のAはどちらにも含まれていない。
「A以上⇔A未満」
「A以下⇔A超過」
とすれば、Aは境界線沿いにあるが、Aが片方に含まれていて、もう片方に含まれていなく、境界線はあるものの、境界線には幅や大きさがない。
「加算⇔減算」
「乗算⇔除算」
とすると、
「加算⇔減算」は0を基準としているが、
「乗算⇔除算」は1を基準としている。
対義語などの言語学における定義は、数学における定義と違って、曖昧模糊なのだろう。
対義語って何なんだろうか。
境界線って何なんだろうか。
ではでは