いわゆる誤読というものですね。
関西学院大学を「かんさい~」と読んでしまうことは、関東の人間では珍しいことではない。
マツコ・デラックスさんは聖路加国際大学とか、聖路加国際病院とか、「せいろか~」と間違えて呼ばれている。
正しくは「せいるか~」である。
といった例をあげている。
聖はSt、路加はLuke's。
日本橋という地名は、東京と大阪では読みが違う。
東京では「にほんばし」、大阪では「にっぽんばし」。
こういう例は日本語には多く存在する。
今回のことで、良いか悪いかは別として、知名度はあがり、「かんせい~」と読んで貰える確率も高まるだろう。
さて、固有名詞では、どのようなルールに基づいて名付けがされるかというと、ルール無用である。
ルール無用であるがゆえ、読みは一般性から外れることもある。
ここでいう一般性とは、知名度が優先される。
例えば、聖路加についていえば、そもそも日本語でないものを日本語にした時点での差異がある。
luke'sをカタカナにする。
現代において一般的にはルークスであるが、聖路加はルカとしている。
設立当時と現代との差異もあるのだろう。
例えば、会社名のデンオンは現在はデノンである。
もともとは日本電氣音響株式會社で通称が電音であった。
アルファベット表記でDENONとしていたのだが、日本人はデンオンと読むが、外国人はデノンと読んでいた。
事業が拡大されて世界に目を向けるようになったことからか、社名をデノンにしたのだ。
例えば、会社名のasusである。
会社の名前の由来として、pegasusからpegを取ったというものがあった。
取った理由までは解らないが、社名が長すぎたのか、アルファベットならaから始まるほうがソートした際に順位が上に来るからとか、いろいろ考えられるだろう。
pegasusからpegを取ってasusなので、日本語ではペガサスからペGを取って、Aサスで、アサスやエイサスと読むのが通例となっていた。
現在は公式に発表されて、エイスースとなりましたが、業界でもアサスやエイサスで呼ぶ人もまだまだいます。
この様に固有名詞でも何かをきっかけに変化することもあるし、同様に頑なに変化させない人もいる。
先にも述べたが、良いか悪いかは別として、関西学院大学の読みの知名度は高まったであろう。
さて、タックルの件だが、加害者選手の会見をみて、称賛している人が多いようだが、私は逆であった。
やっぱり、アメフトをやり続けたいのに、結局は辞めるわけだ。
矛盾しているよね。
本当に好きだったかな?やり続けたかったんかな?
だとしたら反則行為はその期間を短くすることは解っていたはずだ。
それでも反則行為をしたわけだ。
スポーツにおいてルール無用はない。
大学生を未成年とするか成年とするかは、ここでは置いておく。
大学生にもなって、例え監督の指示であったとしても自分の判断で決断したわけだから、選手に非があるのは間違いの無い事実。
監督がそんな指示をしていないと、おそらくは覆してくるだろう。
監督が保身に走ったとしても、選手も保身に走ることが出来る。
日大のアメフト部部員は退部すること、これも保身だ。
部がなくなれば、監督の居場所も無くなる。
他を探そうにも、既にこの事態で欲しいと考える人はいるだろうか?
それは選手に対しても同じである。
監督の指示に従順である。
まぁ、スポーツの世界ではある意味正しいのだろう。
別にアメフトが好きで、アメフトをやりたいのであれば、サークル活動でもいい。
本気か本気でないかは、自分自身が考える度合いであって、周りがやる気がないから、自分もやる気がなくなる。
というならば、結局はその程度ということ。
ただ、個人競技でないので、仲間は必要なんだろう。
気の合った仲間と、時には意見が対立することがあるかもしれないが、それは良い方向へ生きたいという願いから生まれるものであって、誰しも悪い方向へ向かおうなどとは思ってはいないはずである。
まぁ、性善説である。
名声が欲しいとか、欲の方向性が変わると、それは寿命を縮めることになるのだろう。
まぁ、寿命が長ければいいというわけでもないのだが。
細く長くなのか、太く短くなのか、
薄くても長く続けたい人もいれば、短くてもいいから濃いほうが良い人もいる。
監督は名声が欲しかったんだろう。
一時的であろうが知名度はあがり、悪名は轟いたわけだ。
関西学院大学も、知名度が欲しかったから、マスコミを利用したとも考えられなくもない。
事実、知名度は上がり、読み間違いも減ることだろう。
ではでは
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名前の読み間違い
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